阿笠 京太郎こんにちは!阿笠京太郎です!粘着剤/接着剤の研究開発13年目の現役研究員です。
これまで【コナン粘着剤検証シリーズ】として、第1弾の「犯人追跡眼鏡のシール素材」、第2弾の「高木刑事拉致事件の粘着剤のクリープ現象」をプロの視点で徹底検証してきました。
第3弾となる今回は、単純なトリックながら、コナンくんを欺いた事件である『バスルーム密室事件』(20巻)を取り上げます。
被害者が入った浴室のドアに、犯人が内側からこれでもかとガムテープをびっしり貼り付けたあのトリック。
ただし、粘着剤のプロである私からすると、こんな疑問が渦巻いています。
「蹴撃の貴公子である京極真ならまだしも、犯人の女の力で一面ガムテープで覆われた扉を開けられるわけがない!」
粘着剤のプロの意地にかけて、ドアのサイズから導き出したガムテープの貼り付け枚数と、ドアを開くために必要な強度を計算し、犯人が内側からドアを開くことが可能かどうかを検証する!
現役開発者が導き出した、恐るべき検証結果を見よっ!
そもそも「バスルームの惨劇」とはどんな事件か?
検証に入る前に、この事件の悲しいあらすじを簡単におさらいしましょう。
犯人は、被害者である美菜(みな)の姉・青島全代(まさよ)。
全代は、昔から自分の服装から趣味まで、何でもかんでも真似をしてくる妹にずっと強い嫌気がさしていた。
そんなある日、決定的な事件が起きる。
あろうことか妹の美菜が、全代の恋人を好きになってしまい、こともあろうに無邪気な顔をして「お姉ちゃんと同じ人を好きになってとうとう告白しちゃった!」と報告してきたのだ。
本当は全代の彼氏が美菜に言い寄り、付き合い始めたのだが、プライドの高い姉のことを考え、美菜は自分が告白したと言い出したのである。
そんなこととはつゆ知らず、長年の我慢が限界を迎え、憎悪の炎を燃え上がらせた全代。
彼女は、ビールの中に睡眠薬を混入させ、妹が深い眠り付いた際に、その凄まじい執念をすべてぶつけるかのように、ガムテープを用いたあの密室トリックを決行した。
内側からガムテープをびっしり貼り付け、自分はドアを無理やり押し開けて脱出。
その後、小五郎たちを誘導して体当たりでドアを破らせ、「今さっき密室をぶち破った」と思わせるトリックである。だが、そんな粘着剤の壁を、本当に女の力で押し開けることなどできるのだろうか?
1. 驚異!ガムテープ56枚が秘める「大人1人分の壁」
まずは前提となる「ガムテープの強度」を、JIS規格(日本産業規格)のデータをもとに試算してみよう。
一般的な住宅の浴室ドアのサイズを 高さ2000mm × 幅800mm とする。
犯人が目張りをしたのは、ドア全体の4辺ではなく、扉が実際に動く(開く)「上側」と「横側(ドアノブ側)」の2面に対して幅50mmのガムテープを、重ならないようにびっしり並べて貼っていく。
必要なガムテープの枚数は 実に56枚((2,000mm+800mm)÷50mm)
一般的なガムテープの粘着力(対ステンレス)は、JIS規格に基づく標準的な値で 2.91 N / 10mm。
※ニチバン社クラフト粘着テープNo.313参照
さあ、ここからが掛け算の恐怖である。
- ガムテープ1枚(幅50mm)の粘着力
2.91 N /10mm× 5 = 14.55 N (重さ換算で約 1.48 kgf) - 56枚分の総粘着力
14.55 N/50mm × 56枚 = 814.8 N (重さ換算で約 83.09 kgf)
なんと、純粋な粘着力だけで「約83kg」!
つまり、普通の状態であれば、内側からドアを引き開けるには「常に83kg以上の力」で引き続けなければならない。
成人女性の平均的な筋力では、どう逆立ちしても1ミリも動かせない絶望的な壁なのだ!
※ガムテープ全体に力が分散ことが前提条件にあります。
おいおい、全代よ。君はとんでもない力持ちなのかい?



ちなみに、日頃から仕事現場で30kgの炭酸カルシウムの粉体を運ぶのに精いっぱいな私には、到底無理な重さです。
実務メモ:「3本の矢」がもたらす数値以上の絶望
「計算上は83kgfなら、大人2〜3人で引っ張れば簡単に剥がれるのでは?」と思ったアナタ、それは粘着剤の恐ろしさを全く分かっていない。
戦国武将・毛利元就の有名な逸話に「1本の矢は簡単に折れるが、3本まとまれば折れない」という「3本の矢のたとえ」があるが、ガムテープの集合体はまさにこれだ。
ガムテープ1枚を端からペリペリと剥がしていくのであれば、それは「線」の破壊であり、1本の矢を折るように小さな力で済む。
しかし、ドアを内側から手前に引き開けるとき、2面に貼られた56枚のガムテープは、「面」の破壊であり、3本の矢を折るように非常に大きな力が必要となる。
また、このときガムテープには接着面に対して真っ直ぐ引き離す「垂直引張(垂直剥離)」の負荷が一斉にかかる。
端からめくれる隙を与えず、56本の矢がすべて「面全体の垂直引張」として同時に踏ん張るのだ。
粘着剤が最も抵抗力を発揮する方向で一斉にロックがかかるため、その体感強度は計算上の数値を遥かに超えることが予想される。
実際、私の研究開発の現場でも、「幅300mm・粘着強度21N/25mm」という工業用の強力なテープを扱っている。
50mmの「線」のガムテープではなく、300mmの「面」のテープとしてみなしてもいいだろう。
このテープ1本の総粘着力は計算上、約25.7kgf。
数値だけ見れば大したことはなさそうに思えるが、いざこれを剥がそうとすると、現場の屈強な男たちが「スクレイパー(金属のヘラ)を使い、全体重をかけて思い切り削るように力を入れないと、ビクともしなくて剥がせない」と悲鳴を上げるほどなのだ。
300mm幅1本でさえ、面で引っ張られれば道具なしの人間には太刀打ちできない。
それが、ドアノブ側と上側の2面にびっしり56枚分、計2800mm分の幅でロックされているのだ。
普通の状態なら、一般人がノブを引いたところで1ミリも動くはずがないのである!
……おいおい。ということは何か。
全代のパワーは、現場の屈強な男たちをも凌駕するということか!?
道具を手にしたプロの作業員たちが悲鳴を上げるレベルの粘着抵抗を、全代は狭い浴室の中で、自らの腕力(引張力)だけで強引に突破したことになる。
どこまで全代はすごい力を持っているんだよ。
長年の怨念が爆発したあの瞬間の全代は、『キン肉マン』の「火事場のクソ力」を彷彿とさせる、凄まじい底力を発揮していたに違いない!!!



もしかすると、当時の全代の超人パワーは1000万パワーを超えていた可能性すら……。
――あ、すみません。今回は『名探偵コナン』の検証でした(笑)
2. 全代を救った3つの要因
先ほど説明した通り、全面にガムテープを貼り付けた扉を女性一人で開くことは不可能に近い。
だが、全代は浴室から抜け出し、毛利小五郎たちと出会っている。
では、なぜ全代は浴室から抜け出すことができたのか?
それはガムテープの粘着力が大きく低下した外的要因が理由である。
まさに全代にとっては救いの神とでもいったところでしょうか。
では、なぜ粘着力が低下したのか?
粘着剤の強度低下を引き起こしたのか?
その原因となった3つの要素を化学的な視点から見ていきたいと思う。
要因①高温環境下による「アンカー効果」の低減
通常、粘着剤はドア枠の微細な凹凸に入り込むことで強固に接着する。
これを粘着剤や接着剤の世界では「アンカー効果(投錨効果)」と呼ぶ。



アンカー効果を日常のもので例えるなら、マジックテープだ。
フック側のトゲトゲが、ループ側の繊維にガチッと引っかかることでくっついている。接着剤のアンカー効果もこれと全く同じで、粘着剤のフック(ポリマー)が、材料の凹凸に入り込んで引っかかっている状態なのだ。
しかし、犯行現場はお湯の張られた浴室。室温としては30℃程度に上昇していたと予想される。
たった30℃と思うかもしれないが、一般的なガムテープ(天然ゴム系粘着剤)にとっては、標準とされる23℃の環境から「物性が大きく変化する」には十分すぎる温度だ。
この生ぬるい熱気によって、粘着剤のポリマーは一気に柔らかくなってしまう。
例えるなら、固く絡み合って強度を保っていた「毛糸の玉」が、熱によってスルスルと緩み、「ただの柔らかい1本の糸」にほどけていくような状態だ。
マジックテープに例えるなら、硬かったトゲトゲ(フック)が熱で柔らかくなってダラリと伸びてしまい、引っかかる役目を果たさずに繊維同士をただ貼り合わせている(触れ合っている)だけのような、スカスカな状態をイメージしてほしい。
これでは、いくら材料の凹凸に入り込んでいても意味がない。
全代がドアを引っ張った瞬間、フニャフニャに伸びきってしまったポリマーは、ドア枠の微細な凹凸から踏ん張ることもできず、抵抗なく「するっと」抜けてしまったのである。これが、高温環境によってアンカー効果が低下されたメカニズムだ。
要因② 水分による「界面破壊(かいめいはくり)」の促進
浴室内の湿度100%の湯気は、樹脂パネル製のドア枠とテープの隙間に容赦なく入り込み、ミクロの結露を作り出す。
浴室内の温度がいくら上がろうとも、湿度100%の飽和水蒸気の中では、わずかな温度差(露点)によって樹脂表面に薄い水の膜が張ってしまう。
これが粘着剤にとっては致命傷だ。
この水膜が物理的なブロックとなり、粘着剤が本来の相手である樹脂パネルに直接触れることすらできなくなってしまう。
読者の皆さんも「結露したガラスにセロハンテープを貼ろうとしても、絶対に貼り付かない」という経験をお持ちだろう。
粘着剤の世界ではこれを「粘着剤と被着体との濡れが悪い」と表現する。
例えば、ガラスに水を滴下するとびちゃっと水が薄く広がっていく様子が確認できる。
これは、濡れがいい状態である。
一方、テフロン製フライパンに水を滴下すると水は広がらずに、水滴形状が維持される。
これは、濡れが悪い状態である。
濡れが悪い状態でガムテープを貼り付けたとしても、本来の粘着力を発揮できず、
ツルッと綺麗に滑るように剥がれてしまう「界面破壊(界面剥離)」が引き起こされるのである。



スマホの保護フィルムを剥がすとき、糊が残らずフィルムがツルッと離れるよね?その状態が界面破壊(糊が残らず剥がれる状態)
つまり、①熱による粘着剤の柔軟化によるアンカー効果の低下と②水蒸気による濡れ性の悪化が粘着力を低下させるのである。
要因③被着体(貼り付ける相手)の種類の影響
ガムテープの粘着力を下げる要因はあと1つある。
それは被着体の影響である。
先ほど、ガムテープ56枚を剥がすのに必要な力は 83.09 kgfと記載した。
しかし、これは精確には誤っている。
その理由は被着体の種類が違いからでる。
これはSUS板(ステンレス)に貼り付けた際に発現する強度である。
粘着剤はどの被着体に対しても一様に同じ強度を発現するわけではない。
粘着剤の種類、被着体の種類によって得意、不得意があるため、当然強度が変わってくる。
一般的には粘着剤はSUS板には接着しやすく、強度が発現しやすい。
一方、浴室の壁は樹脂パネルと呼ばれるポリスチレン樹脂やポリ塩化ビニル樹脂飛ばれるプラスチックが使用されており、SUS板に比べて粘着しづらく、強度が発現しづらい。
このため、実質の強度は83.09 kgfに比べて低くなる。
樹脂パネルに対する強度はSUS板に比べて70%~80%低下する。
このため実質の強度は約62.32 kgfまで低下してことが予想される。
3. 最終的な扉を開くのに必要な強度は?
「ガムテープがいくら弱くなっていたとしても、女の人の細い腕で、一面に貼られた扉を内側から引き開けるなんて本当にできるのか?」という疑問が残る。
① カタログスペック(対SUS板 / 23℃)
総強度:約 83.09 kgf
② 被着体を変更(対樹脂パネル / 15%ダウン)
83.09 kgf × 0.85 = 約 70.63 kgf
③ 30℃への加温(さらに10%ダウン)
70.63 kgf × 0.90 = 約 63.56 kgf
④ 飽和水蒸気・界面破壊(さらに30%ダウン)
63.56 kgf × 0.70= 最終総強度:約 44.49 kgf
先ほどまでの要因すべてを考慮しても、まだ約45㎏fの力が必要となる。
この状態ではお風呂のドアノブを引いて扉を開けることは不可能である。
では、なぜ扉を開くことができたのか?
その答えは粘着剤を剥がす際の角度である。
扉を開けようとしたとき、ガムテープは90°方向に剥がそうとする力が働く。
実はガムテープは剥がす角度によって強度が変わる性質を持っている。(剥がしやすさが変わる)
下の表を見てほしい。
剥離の角度は180°から90°に代わるだけで約5~50%程度強度が低下していることが確認できる。
つまり、全代がお風呂から出ていこうとしたとき、ガムテープを剥がそうとする角度は90°付近となり、
より強度が低下したことが推測される。
| 角度 | 45度 | 90度 | 135度 | 180度 |
|---|---|---|---|---|
| ビニールテープ | 2.777N/10mm | 1.924N/10mm | 1.445N/10mm | 2.034N/10mm |
| マスキングテープ | 1.642N/10mm | 0.736N/10mm | 0.578N/10mm | 1.220N/10mm |
| セロハンテープ | 7.932N/10mm | 2.872N/10mm | 2.966N/10mm | 4.296N/10mm |
【出典】フォースチャンネル「粘着テープの剥離試験|粘着力測定における角度・速度・温度の影響調査」
(URL:https://force-channel.com/post_2672/)
セロハンテープの強度低下はおおよそ50%の強度低下である、
セロハンテープとガムテープに使用される粘着剤の種類は同じゴム系であることが多い。
このことから今回の扉開くのに必要な最終強度は以下の通りである。
最終予想強度:
44.49 kgf × 0.5 = 22.25 kgf
22kgといえば普通の女性である全代にとっても重い扉だったはずだが、粘着剤の剥離には『最初の1ミリが剥がれる瞬間にだけ最大荷重(ピーク)がかかる』という特性がある。全代が狭い浴室でドアノブを掴み、後ろに全体重を預けて一瞬『ベリッ』ときっかけを作れば、あとはジッパーを開けるように強度は雪崩式に激減していく。
全代が何度も何度もドアノブを引いている姿が想像できる。
頑張って扉を開けて、自分が無実である証人をつくるために声をかけてしまったのが、小五郎たちであったことが全代の運の尽きであったのである・・・。
4. 「あの男」にかかれば、どんなにガムテープを貼り付けても扉ごと吹き飛ばす!?
複合的な要因でガムテープの強度が低下し、なんとかお風呂場から脱出できた、全代。
だが、この強固な密室をものともしない人物がいるとしたら誰を想像するだろうか?
私なら真っ先にあの男の名が脳裏によぎるだろう。
そう、全人類最強であろうあの人物『京極真』である。
結論から言おう。
京極さんであれば、外からだろうが内からだろうが、片手で「フンッ」とやるだけで終わりである。
いかにガムテープを何十枚、何百枚と貼り付けようが、彼に通じない。
京極さんはドアノブを掴んだ指先だけのピンチ力(つまむ力)で、平然と数百kgf〜トン単位のパワーを叩き出す。
ガムテープが熱でドロドロになっているとか、界面破壊を起こしているとか、そんな化学の事情など知ったことか!
ドアノブを掴んだ片手のスナップひとつで、低下した22kgfの強度はおろか、本来の83kgfの強度、さらにはドア枠ごと壁からベリベリに引きちぎり、何事もなかったかのように出ていくに違いない。
緻密に計算された犯人の密室トリックも、京極真という「歩く天変地異」の前には、ただの障子紙と同然なのであった。
5. まとめ
今回の事件の検証結果をまとめると、以下のようになる。
- 純粋なガムテープ56枚の強度は約83.09 kgf。「面」で一斉に抵抗するため通常状態なら一般人には絶対突破不能。
- しかしお風呂の熱気でアンカー効果が低減、界面破壊が起き、実際の強度は44kgf程度にまで低下していた。
- さらにはガムテープを剥がす際の角度が180°ではなく90°になったことで強度が22㎏fまで低下した
- 何度も繰り返し脱出を試みて、一部のガムテープが剥がれ、そこが起点となり、全体が剥がれたと推測
- ただし、京極真なら何枚のガムテープを貼ろうとも片手のスナップだけでドアごと壁から引きちぎれる。
粘着剤の熱的特性、界面化学が複合的に絡まりあい、ようやくトリックとして成立した。
ただし、小五郎たちを連れてきたことが全代の運の尽き。
当ブログでは、今後も接着剤・粘着剤のプロの視点から、気になるシーンを大真面目に検証していく予定です。
次回の検証も、絶対に見逃すなよっ!




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